離島の郵便局訪問記

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zoom RSS ■その78[北海道・奥尻島(おくしりとう)] 1999-05-19〜20

<<   作成日時 : 2005/08/28 00:41   >>

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当初は沖縄県の南大東島北大東島を訪問して沖縄県の離島の郵便局を完訪することを計画していた。奥尻島を訪問することにしたのは全くの偶然であった。前年にパソコンを購入して、インターネットの世界を楽しむようになった。

そのうち、私と同じように郵便局めぐりをされている方が非常に多いことを知った。そういう中で、奥尻島の郵便局を訪問された方の訪問記を載せた個人のWebを見つけた。そして、奥尻島へ行きたい気持ちが湧いてきた。

当時は北海道の他の4つの島(利尻島礼文島天売島焼尻島)の郵便局は完訪していたので、奥尻島のみ訪問が遅れていた。理由は1993年7月の北海道南西沖地震の影響だった。奥尻島では、津波で多くの犠牲者が出た。

そして、奥尻島は建物や道路が破壊された。当時の被害状況をテレビで見ていたが、自然の脅威を感じた。1998年に復興されたが、郵便局めぐりはある意味遊びと思われても仕方が無い。そういう理由で奥尻島訪問を躊躇していた。

そういう時に件の個人のWebを見つけたのであった。まずは、飛行機で新千歳空港へ飛んだ。5月17日、18の2日間で札幌市内を中心に45局の郵便局を訪問した。5月18日は今金町の美利河温泉に投宿した。

「ぴりか」と言う独特の響きが良い。翌5月19日、美利河温泉を後にして函館バスで瀬棚町へ向かった。以前は鉄道路線として瀬棚線が走っていたが、今はバスが走ってる。奥尻島へは江差港と瀬棚港からフェリーが出ている。

この日は瀬棚港からフェリーで奥尻島を目指した。函館バスを降り、フェリーの出航まで約10分しか時間が無いにもかかわらず、瀬棚郵便局へ寄った。奥尻島へのフェリーには乗客は殆ど乗船していなかった。

おかげで2等船室でもゆったりとすることが出来た。下船する際に分かったことだが1等、2等合わせても50人も乗っていなかった。そして、予約していたレンタバイクを借りて出発だ。まずは近くの奥尻郵便局を訪問した。

さらに奥尻島北部の宮津郵便局へ。ここは、下り坂を降りて、左に回り込むように進んで行く。宮津郵便局のある集落は全体が静まりかえっており、とても寂しい印象を受けた。簡易郵便局でも充分過ぎるくらいだと感じた。

利用者が少ないことは目に見えた。それほど静かな静かな集落だ。この頃から、小降りだった雨が徐々に強くなって来た。青苗方面へ向かう道の右側にある松江簡易郵便局に着いた頃には、鞄が相当濡れていた。

鞄の中まで水が浸透していなければと心配になってきた。厚かましいことを承知で、受託者の方にビニール製のゴミ袋をいただけないか頼んだ。幸いにも快くゴミ袋を分けていただいた。私自身の体が濡れるのは一向に構わない。

しかし、貯金通帳が入った鞄の中まで雨で濡れることだけは避けたかった為、受託者の方のご厚意に感謝した。後日知ったことだが、私と同じく郵便局めぐりをされているMさんが奥尻島の郵便局めぐりをしている時のことだ。

松江簡易郵便局を訪れた際、受託者の方が入院をされていて、貯金が出来なかったことがあったそうだ。離島故にこの1局の為だけに、奥尻島を再訪問するというのも、時間とお金の負担を考えるとそうとう厳しいことだ。

現に私も、1997年6月に訪れた奄美大島の芦検簡易郵便局は一時閉鎖中だった。この気持ちは充分過ぎるほど分かる。次の青苗郵便局で、奥尻島の全4局の訪問を終えた。ここ青苗地区は地震の際に最も被害が大きかった。

青苗郵便局の局舎も立て替えたのだろう。他の3局に比べてとても綺麗だった。さて、このまま奥尻港に戻って江差港行きのフェリーへの乗船にも間に合う時間なのだが、やはり豊富な海産物の「島」であることに魅力があった。

さらに、神威脇温泉に入りたいという気持ちがあり、奥尻島での一泊を決めた。しかし、この一泊が悪夢になるとは、この時は夢にも思わなかった。神威脇温泉で、雨で濡れた冷え切った体を熱い湯に沈めた。しかし、熱い、、熱い。

熱いなんてもんじゃぁない。何とか気合を入れて湯船につかるが、これほど熱いお湯は生まれて初めてだった。こんな熱い湯につかる島民の方々は凄いなと思いつつ、この日の奥尻島の郵便局完訪の余韻に浸った。

何と贅沢な時間であろう、お湯が熱いことを除けばである。温泉を堪能し、このままもと来た道を引き返そうと思ったが、神威脇温泉の管理人から、「奥尻地区に戻るのなら、山を越えた方が近道だ。眺めも最高だ」云々との情報を得た。

しかし、この情報はあくまでも晴れ渡った日であればの話しであった。生憎の天気で、雨はあがったものの、靄がかかり前方が良く見えない。幸いにもすれ違う車が2台程だった為、事故につながることにはならなかった。

それでも命が縮む思いであったことに変わりは無い。この日泊まった宿は、前年に秋篠宮夫妻が泊まった宿であった。私の部屋は夫妻が宿泊した部屋と同じということは無い。高貴な方にはそれなりのグレードの部屋が用意された。

夕食は凄かった。覚えきれないほど、数々の海産物を中心とした料理が並んだ。海水浴のシーズンではない為、宿泊客は仕事関係の方々がほとんどであった。美味しい海産物を鱈腹食べた後は、ぐっすりと眠りについた。

そして、翌20日の早朝に「海上が時化の為、フェリーが全便欠航になった」との島内放送で目が覚めた。速攻で函館までの飛行機の予約を入れた。幸いにも朝の1便を確保出来た。料金はフェリーよりも1万円以上多くかかる。

しかし、21日には新千歳空港から羽田空港へ戻らなければならないので、やむを得ない。「島」に渡れば欠航は当然のことと思わねばならない。奥尻空港へ向かうバスに乗り込む際、またもや島内放送が流れた。

この時は、この放送が何を言っているのか分からなかった。実はそれは1便の飛行機が欠航になったとの放送だったのである。1日に3便ある、函館空港までの飛行機も2便以降も欠航に決まったわけではない。キャンセル待ちを入れた。

それでも7人待ちだった。そして、2便も欠航した。3便も恐らく欠航だろうと思っていたら、飛行機の運航を左右する風向きが変わり、無事3便は飛ぶことが決まった。それでも、19人乗りのプロペラ機の為、3便にキャンセルは出なかった。

一日奥尻空港にいて、奥尻島に缶詰が決定となるところ、臨時便が飛ぶことになった。空港で飲まず食わずで8時間過ごし、郵便局めぐりも出来なかった。それでも函館空港に降り立つ手前で、函館の夜景が広がった。

函館山よりも高い位置から絶景を見ることが出来ただけでも、良い思い出になった。函館市街へのバスはもう運行が無く、タクシーを呼んでホテルまで行った。今回搭乗したツインオッターは2006年3月でその役目を終えることとなった。

【追記 2015/01/04】宮津郵便局は2014年6月16日付で廃止され、同日付で宮津簡易郵便局が設置された。
※日本郵便の発表では宮津郵便局の移転・業務変更・局種変更となっている。



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日本各地の離島にある郵便局を訪れ続けている、島本部長さん。なんと今から20年前、1985年からずっと続けているのだそう!その離島への旅の記録が詳細につづられている、貴重なブログです。 ...続きを見る
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