離島の郵便局訪問記

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zoom RSS ■その77[鹿児島県・徳之島(とくのしま)] 1999-04-08

<<   作成日時 : 2005/08/27 01:38   >>

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喜界島訪問を竹島訪問に変更し、竹島から戻って来た4月7日に、さらに喜界島訪問を徳之島訪問に変更した。喜界島には朝の5時過ぎ、徳之島には朝の9時過ぎにフェリーが着くからだ。朝の到着時間の差で徳之島行きに決めた。

喜界島へは後日、飛行機で渡島することに決めた。フェリーは鹿児島新港を18時に出航する。時期が4月の上旬ということもあり、奄美群島の各島へ転勤される方々の見送りが凄い。前日の三島村へ赴任される方とはえらい違いだ。

紙テープの数は何本あるか分からない。お手製の横断幕が15、6本見えた。これほど盛大な見送りは初めて目にした。人と人の結び付きは果てることがないのだと感じた。出航後、暫く港で手を振る見送りの方々を眺めた。

船室に戻ると、テレビではこの日、プロ野球デビューを飾った、西武ライオンズの松坂大輔投手が映し出されていた。また、船室ではいたる所で酒盛りの光景が見られた。彼らの輪に入るきっかけもなく、ロビーの椅子で本を読みふけった。

漸く船内に静けさが訪れた後、私も船室に戻り眠りに入った。途中寄港した奄美大島の名瀬港で荷物を降ろすのに時間がかかった為、徳之島へは定刻から30分遅れの9時40分に着いた。フェリーは荷卸しがあるので、時間は読めない。

港近くの店で原付を借りた。1日2,000円と良心的な料金なのだが、店主のお母さんらしき人がしきりに250CCの中型バイクを勧める。私は原付の免許のみ取得しているので断った。10時過ぎに出発し、まずは亀津郵便局を訪問した。

徳之島の郵便局は24局あり、その殆どが島を1周する道路沿いか、少し脇に入った所にあった。徳之島尾母簡易郵便局は、例外で内陸部へ入って行った。山に向かって登って行く感じだ。その後下に降りていった。

喜念簡易郵便局、目手久簡易郵便局、面縄郵便局を訪問し、次に訪問した検福簡易郵便局は郵便局名を表すものが一切出ておらず迷った。伊仙郵便局では先客のおばあちゃんの方言が理解出来ず、傍耳を立てても駄目だった。

おばあちゃんの言葉を若い局員は良く理解出来るものだと思った。この伊仙町は選挙の時期になるとクローズアップされる町だが、特にこれと言って意識することもなかった。選挙とはクローズアップされるのは長寿の町ということだ。

泉重千代さん、本郷かまとさんと二人の長寿世界一を生んだ町だ。泉重千代さんは泉重千代翁とまで言われるほど、名誉ある方なのだ。これは凄いことだ。さて、その後訪問した郵便局の中で鹿浦郵便局が一番悩んだ。

持参した地図では鹿浦集落に〒のマークがあるものの、鹿浦集落では局舎どころか全く人影が見当たらなかった。次の集落で鹿浦郵便局の件を聞いたところ、移転したことが判明。しかし、移転先への道のりを聞いても局舎が無い。

電気店にて道を確認したが、やはり迷った。40分ほど迷った為、焦りが生じて来た。そこへ郵便配達のバイクを発見した。配達員に鹿浦郵便局まで案内されて到着した。やれやれである。地元の方なら一発で分かる道のりなのだろう。

その後、フェリーが寄港する平土野集落に着いた。こちらの港は鹿児島と沖永良部島を結ぶフェリーが発着する。亀徳には鹿児島と沖縄を結ぶフェリーが発着する。その後訪問した大島松原郵便局は見過ごしてしまった。

亀徳から平土野方面に走ると右手にあるのだが、赤い〒の看板が薄くなっていた為気づかなかった。その後、大島松原郵便局は移転した為、分かりやすくなったであろう。尚、徳之島であるにも関わらず、大島とつくのは何故か。

この大島は大島郡にあるからとのことだ。奄美大島の大島では無い。その後は順調に進み、郵便局が一周道路沿いにある為迷うことがなかった。最後の徳之島亀徳郵便局には15時過ぎに到着した。余裕で24局を訪問出来た。

同局近くに徳之島では有名なラーメン店があり、ラーメンを食した。その後は、徳之島にも銭湯がないかと淡い期待を持ち、通りをぶらぶらした。小学校低学年の女の子3人組みに銭湯はないか尋ねたところ、案内してもらった。

しかし、入り口は銭湯らしくなく、民家の少々変わった玄関という雰囲気だ。営業開始が17時からとのことだった。鹿児島へのフェリーが17時に出航するので、銭湯は諦めた。その後、スーパーで夕食と朝食の為の食料を購入した。

バイクを返却して、亀徳新港へ歩いて行った。ところが、波の影響で亀徳新港にフェリーが接岸出来ず、亀徳港に接岸することになった。亀徳港は亀徳新港が出来るまでに使用していた港だ。これはどういうことだろうか。

沖永良部島と徳之島の間の海上が荒れている為、フェリーは30分遅れで到着した。船内で船員に確認したことだが、亀徳新港から亀徳港に入港を変更したのは船長の判断だそうだ。波の関係で接岸する港を変更した。

漸く船室に入ると、何と2等船室は寝る位置まで指定されていた。しかも自分のスペースは幅約50cmで左右の乗客とギリギリ体が触れそうな形で押し込まれた。タコ部屋状態である。タコ部屋を出て、デッキへ向かった。

外の景色、と言っても海ばかりだが、はっきりと目に映った。そして、船内の明かりが暗くなり就寝の時間になった。私は窮屈な自分の指定された寝床で寝ることを避けて、まだ多少余裕のあるスペースを見つけて眠りについた。

翌4月9日の鹿児島新港着は8時の予定だったが、海上の波の荒れが影響して9時半着となった。海上が荒れているとのことだったが、フェリー自体は大きいので、揺れは感じられなかった。鹿児島新港に着き、市街地へと歩いて行った。



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